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「なぁ、きり丸」
「何だよ、団蔵」
「呼んでみただけ」
きり丸が図書委員の担当をしているときは、大概団蔵が図書室に来ていた。本を面白くなさそうに眺める団蔵を横目に見ながら、きり丸は図書室の埃をはらうべく、書棚の間を歩き回っている。夕暮れ時であるので、障子の外が薄ぼんやりと朱に染まっている。
「読む本が無いんだったら、さっさと委員会に行きやがれ」仮にもお前は三木エ門先輩から任されたんだろう、と団蔵の責任感を刺激するような言葉を口に乗せてみた。きり丸は図書室の埃をはらうべく、書棚の間を歩き回っている。
「仕事のほとんどは、左吉がやってくれるんだ。俺が帳簿を付けたら、字が汚くいから、余計面倒になるだけだと言われた。お前は予算委員会の時だけ頑張ってくれればいいんだと言うんだぜ。左吉のヤツ、人をどう思っているんだか」
きり丸は、「それは完全に捨て駒だよな」と思った。兵太夫と三治郎のカラクリにかかる確率が、頭をよぎった。たしかにこいつだったら、あの未知の部屋に入っても生きて帰ってきそうだと思った。
「それは大変だなあ、委員長さん」
「おいおい、まだ5年だぜ。また委員長じゃないよ」
埃をはたく音がする。きり丸は図書室の埃をはらうべく、書棚の間を歩き回っている。
歩き回ってはいるものの、歩く音はせず、はたきの音と時折着物の擦れる音がする。団蔵は規則正しい音を聞きながら、読み飽きた本を投げ出し書棚の間のきり丸の姿を盗み見た。
節約のためと言って普段からあまり食欲が無いせいか、若干痩せ気味ではあるものの、無駄が無い肉付きをしている。濃紺の装束になってからは、図書委員長代理を務めており、「売って金にするんだ」と言って伸ばしている髪の毛は艶やかだ。3年に一度、タカ丸の髪結い処へ行ってばっさりと髪を切ってきた3年の時には、は組の面々は何かあったのかとひどくおどろいた。だが、高く売れたんだと嬉々としていうきり丸の表情に皆、そっと胸を下ろしたものだった。少し釣り気味の目は、他人に冷たい印象を与えるらしい。いつも髪を頭の上できつく結っているせいもあるんだろうか。女装の似合うきり丸を、憧れの意味を込めて「図書の君」と呼ぶ後輩連中が少なからず居る。普段のきり丸もそれなりに綺麗な顔をしているが、山田先生仕込の女装も大したものだ。
きり丸が動くたびにその動きに合わせてゆるゆると髪が動く。
団蔵はきり丸の横顔を見た。
少し開いているくちびるが、朱い。
きり丸は図書室の埃をはらうべく、書棚の間を歩き回っている。
団蔵は音も無く立ち上がり、きり丸に近付いた。
「どうかしたのか」ときり丸が言う。振り返りもしない彼に団蔵は少しだけ嫉妬した。
団蔵はきり丸の頭巾と元結を外す。
「何するんだ」と、きり丸は少し苛立ち、振り返った。きり丸の手に握られていたはたきは、団蔵によってもぎ取られ、棚に置かれた。
漸く振り返ってくれたことに団蔵は満足し、きり丸と自分の身体を密着させた。筋肉質の腕は、既にきり丸の腰に回っている。きり丸の肩に髪がかかっている。接している部分から団蔵が主張し始めて、何をしようとしているのか察したのだろう。「何やってんだよ」と恥ずかしそうに目を下に向けた。釣り気味の目は、この時ばかりは少し元に戻っている気がする。この表情を知っているのは自分だけだなと、団蔵は思った。きり丸の上半身を抱き寄せ、団蔵は艶やかな髪に顔を埋めた。無臭のはずの身体から、自然に立ち上る香が好きだった。
きり丸は団蔵が気の済むまでと思ったのか、腕をだらりと伸ばしている。団蔵は少し不満に思った。耳に声を吹き込む。きり丸の肩が跳ね上がる。「此処ではダメだ」ときり丸が耳を赤くして団蔵の主張を退ける。「嫌だ」と団蔵が言うと、「分別を付けろ」ときり丸が言う。もう一度耳に声を吹き込んだ。きり丸が何か言おうと、空気を吸い込もうとしたとき、団蔵はきり丸の耳に舌を這わせた。きり丸の咽喉から声にならないどよめきが漏れる。耳から顎をなぞり、首へと繋がっていく。「団蔵、離れろ」ときり丸は団蔵の背中を叩く。だが頑強な肉体はびくともしない。団蔵が三度、きり丸の耳に何か囁いた。きり丸は顔を赤くし、「もう、分かったから」と言い、何事か団蔵に耳打ちした。団蔵は満足そうに微笑むと、きり丸の唇に口付けた。
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図書室はもうお約束になりつつあります。
何なんだろうこれ…
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